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京都大学拠点3班合同研究会「イスラーム世界の国際組織とグローバルネットワーク II」
(2012年11月09日 於京都大学)
【プログラム】
14:00-14:10 開会挨拶:
小杉泰 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授)
14:10-15:10 第1班 「国際関係(国際組織・情報ネットワークを含む)」研究班発表:
発表者: 保坂修司 (日本エネルギー経済研究所中東研究センター副センター長・研究理事)
「共鳴する暴力――預言者冒とく映画事件にみるサラフィー主義とメディア」
コメント: 山根聡 (大阪大学言語文化研究科教授)
15:20-16:20 第2班 「広域タリーカ」研究班発表:
発表者: 久志本裕子 (日本学術振興会特別研究員 (上智大学))
「東南アジアにおける伝統的タサウウフ学習の構造-『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』を中心とするマッピングの試み」
コメント: 東長靖 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授)
16:30-17:30 第3班 「イスラーム経済とイスラーム法」研究班発表:
発表者: 長岡慎介 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授)
「イスラーム金融の実践を支える知的インフラ:その系譜とグローバル化時代における新展開」
コメント :吉田悦章 (国際協力銀行参事役、早稲田大学ファイナンス研究センター客員主任研究員)
17:30-18:20 総合討論:
18:20-18:30 閉会挨拶:
東長靖 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授)
題目:「共鳴する暴力――預言者冒とく映画事件にみるサラフィー主義とメディア――」
発表者:保坂修司氏(日本エネルギー経済研究所中東研究センター副センター長・研究理事)
2012年11月9日、京都大学にてNIHUプログラム・イスラーム地域研究京都大学拠点3班合同研究会「イスラーム世界の国際組織とグローバルネットワーク Ⅱ」が開催された。
まず、第一班「国際関係(国際組織・情報ネットワークを含む)」研究班から、保坂修司氏(日本エネルギー経済研究所中東研究センター副センター長・研究理事)より「共鳴する暴力――預言者冒とく映画事件にみるサラフィー主義とメディア――」と題して発表が行われた。
2012年9月11日、駐リビア米国領事館が武装した暴徒に襲撃され、駐リビア米大使と大使館職員3人が殺害され、同日、駐エジプト米国大使館周辺においても、群衆数千人が抗議デモを展開し、一部が星条旗を燃やすなどの事件が発生した。本発表で保坂氏は、こうした事件の引き金になったとされている「預言者冒とく映画」に焦点を当て、分析を試みた。
まず、導入として保坂氏は、「アラブの春」以後の各国のイスラーム主義勢力の動向やエジプトにおける政治勢力の分布についての解説を行い、次いで本題である、「預言者冒とく映画」の一連の経緯を説明した。
問題となった映画である、"Innocent of Muslims"は2012年6月23日に米国内で上映後、同年7月に動画サイト"YouTube"にアップロードされ、9月8日にエジプトメディアによって取り上げられた後、9月9日には大ムフティーであるアリー・グムア氏によって非難が加えられた。ここで保坂氏は、事件発生前後のYouTubeにおける当該映画のトラフィックのデータを用い、再生数の急激な伸びを示した。また、いくつかのサラフィー系のメディアを紹介し、そうしたメディアがYoutubeに投稿した「預言者冒とく映画」について述べたの番組のトラフィックを分析することで、具体的にどの動画が「起爆剤」となったのかを推察した。
次に保坂氏は、「預言者冒とく映画」に関して、いわゆる「イスラーム過激派」とされるイスラーム集団やジハード組織においても激しい非難が加えられており、映画制作関係者の殺害を命じるファトワーが出されるなど、言説がエスカレートしていったことを指摘した。
また同氏は、先ほど述べた9月9日のアリー・グムア氏の非難の中には米国に対する言及はなく、また、移民コプト教徒が預言者冒とく映画を製作したことについてコプト教会側も非難声明を出したが、同様に米国への言及はなされなかった点を指摘した。これについて保坂氏は、一体何が怒りの矛先を米国に向けさせたのかという問いを提起し、この点について、ベンガジでの米国大使館襲撃は、9月11日という日付や他の要因も鑑みて武装勢力によって予め計画されたものであった可能性を示唆した。
最後に保坂氏は、事件発生前後のエジプトとリビアにおけるYouTubeのトラフィックや人気度、検索動向を示し、加えてパキスタンでのYouTubeのトラフィックを紹介することで、本発表を結んだ。
発表後、山根聡氏(大阪大学言語文化研究科教授)により、パキスタンでの事例をふまえたコメントがなされ、その後の質疑応答でも活発な議論がなされた。
総じて、「預言者冒とく映画事件」に関する全体像を理解する上で非常に有意義な発表であったといえる。
報告者:大橋一寛(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科)
タイトル:東南アジアにおける伝統的タサウウフ学習の構造-『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』を中心とするマッピングの試み
発表者:久志本裕子(日本学術振興会 特別研究員)
本発表は、東南アジアにおけるタサウウフ教育・イスラーム学習の特色を、テキストを通じて明らかにしていくものであった。発表者は主要な文献として、マレーシア・インドネシアの伝統的イスラーム教育の場で幅広く使用されているアブドゥ・サマド・アル=パレンバーニー(1714-1790?)のテキスト、『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』を取り上げた。発表者は特に、『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』のテキストで取り上げられた内容と引用元の解析、他の同様のテキストとの比較を通じて、この本のタサウウフ教育・イスラーム学習における全体的な位置づけを明らかにしようとしてきた。
発表者はまず、アブドゥ・サマド・アル=パレンバーニーの生涯と『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』に関する概説的な情報を提供したうえで、『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』の具体的な内容分析を行った。そこでは、当テキストがタサウウフの初学者向けに書かれたものであり、ガザーリーの『ビダーヤトゥル・ヒダーヤ』を底本として、関連する他の27の書籍の内容を取り入れながら成立していることを示した。そのうえで、当テキストがタサウウフの抽象的な概念や議論に立ち入ることなく、唱える文句や礼拝の質の重視といった外面的なものを徹底して記述していることを明らかにした。さらに、マレー語の他のタサウウフのテキストとの比較を通じて、タサウウフの導入に際した全体像を簡易に示している点で、初学者の導入としては極めて有用なテキストであることを示した。
その後のコメンテーターからのコメントでは、タリーカの系譜とテキストの関係や、マレーシアとインドネシアにおけるテキストの使用の仕方の違いといった点についての指摘がなされた。その他にも、フロアより活発な議論が展開され、当地域におけるタサウウフの研究分野における興味関心の高さを示すものであった。
発表者:久志本裕子(日本学術振興会 特別研究員)
本発表は、東南アジアにおけるタサウウフ教育・イスラーム学習の特色を、テキストを通じて明らかにしていくものであった。発表者は主要な文献として、マレーシア・インドネシアの伝統的イスラーム教育の場で幅広く使用されているアブドゥ・サマド・アル=パレンバーニー(1714-1790?)のテキスト、『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』を取り上げた。発表者は特に、『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』のテキストで取り上げられた内容と引用元の解析、他の同様のテキストとの比較を通じて、この本のタサウウフ教育・イスラーム学習における全体的な位置づけを明らかにしようとしてきた。
発表者はまず、アブドゥ・サマド・アル=パレンバーニーの生涯と『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』に関する概説的な情報を提供したうえで、『ヒダーヤトゥ・サーリキーン』の具体的な内容分析を行った。そこでは、当テキストがタサウウフの初学者向けに書かれたものであり、ガザーリーの『ビダーヤトゥル・ヒダーヤ』を底本として、関連する他の27の書籍の内容を取り入れながら成立していることを示した。そのうえで、当テキストがタサウウフの抽象的な概念や議論に立ち入ることなく、唱える文句や礼拝の質の重視といった外面的なものを徹底して記述していることを明らかにした。さらに、マレー語の他のタサウウフのテキストとの比較を通じて、タサウウフの導入に際した全体像を簡易に示している点で、初学者の導入としては極めて有用なテキストであることを示した。
その後のコメンテーターからのコメントでは、タリーカの系譜とテキストの関係や、マレーシアとインドネシアにおけるテキストの使用の仕方の違いといった点についての指摘がなされた。その他にも、フロアより活発な議論が展開され、当地域におけるタサウウフの研究分野における興味関心の高さを示すものであった。
第3班「イスラーム経済とイスラーム法」の報告
発表者の長岡慎介氏は、イスラーム金融における知的インフラ(学界、出版、組織)に着目し、その系譜と2000年代以降の新たな展開の動向を紹介した。その上で、KIASユニット3の立ち位置と今後の研究の方向性が論じられた。知的インフラの系譜については、その動向がイスラーム金融の実践の展開と軌を一にしていることが明らかにされ、2000年代以降のイスラーム金融のグローバル化に伴い、とりわけ理念重視派においてイスラーム経済システムの将来ビジョンが問われるようになったことが指摘された。その中で、それまで交流のなかった近代イスラーム経済学の「利子=リバー論」と「リバー限定論」の交流が新たに生みだされていることも特筆される新たな展開として紹介された。このようなイスラーム金融の知的インフラの潮流を踏まえて、氏は、KIASユニット3が、イスラーム金融の実践と適度の距離感を持ちつつ俯瞰する観点から、学説史研究、基礎研究、およびフィールドワークにもとづいた実証研究を行うことで、研究の国際潮流に貢献しうることが提起された。
コメンテーターの吉田悦章氏からは、実務面における知的インフラの実態についての紹介がなされるとともに、イスラーム金融およびそれを支える知的インフラが、現状の国際金融システムとどのような立ち位置で対抗・競争していくのかが重要な論点になりうるとのコメントが出され、従来型金融のリアリティとイスラーム金融のビジョンのあり方をめぐって活発な議論が交わされた。
発表者の長岡慎介氏は、イスラーム金融における知的インフラ(学界、出版、組織)に着目し、その系譜と2000年代以降の新たな展開の動向を紹介した。その上で、KIASユニット3の立ち位置と今後の研究の方向性が論じられた。知的インフラの系譜については、その動向がイスラーム金融の実践の展開と軌を一にしていることが明らかにされ、2000年代以降のイスラーム金融のグローバル化に伴い、とりわけ理念重視派においてイスラーム経済システムの将来ビジョンが問われるようになったことが指摘された。その中で、それまで交流のなかった近代イスラーム経済学の「利子=リバー論」と「リバー限定論」の交流が新たに生みだされていることも特筆される新たな展開として紹介された。このようなイスラーム金融の知的インフラの潮流を踏まえて、氏は、KIASユニット3が、イスラーム金融の実践と適度の距離感を持ちつつ俯瞰する観点から、学説史研究、基礎研究、およびフィールドワークにもとづいた実証研究を行うことで、研究の国際潮流に貢献しうることが提起された。
コメンテーターの吉田悦章氏からは、実務面における知的インフラの実態についての紹介がなされるとともに、イスラーム金融およびそれを支える知的インフラが、現状の国際金融システムとどのような立ち位置で対抗・競争していくのかが重要な論点になりうるとのコメントが出され、従来型金融のリアリティとイスラーム金融のビジョンのあり方をめぐって活発な議論が交わされた。