• KIAS/バイト・ル・ヒクマ/国際交流基金/ITP: 地域研究のためのフィールド活用型現地語教育/科学研究費補助金 基盤研究(A)「現代中東・アジア諸国の体制維持における軍の役割」共催国際ワークショップ
    (2012年5月18日 於京都大学)


    タイトル:The Iraqi - Japanese International Workshop at Kyoto University "Japanese and Iraqi Studies in two Perspectives"

    日時:2012年5月18日(金)10:30~18:00
    場所:京都大学本部構内総合研究2号館4階会議室(AA447号室)
    http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/map6r_y.htm
    http://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/kias/contents/access_map08.pdf
    言語:アラビア語・英語

    [Programme]
    10:30-10:40 Opening Remarks

    10:40-11:10 Ceremony for the Souvenir Presentation

    11:10-12:00 Presentations (Session 1, Arabic Part 1)
    Chair: Prof. KOSUGI Yasushi (Kyoto University)

    ・Dr.In'am Mahdi Ali al-Salman (Baghdad University): Sabiha al-Shikh Dawood - The Women Movement Pioneer in Iraq

    ・Dr. TAKEDA Toshiyuki (Kyoto University): Arabic Language and Cultural Movements in the Modern Arab World: A Survey of Linguistic and Social Aspects of Lexical Development

    13:00-15:00 Presentations (Session 2, Arabic Part 2)
    Chair: Prof. Mahmoud Abdulwahid MAHMOUD al-QAYSI (Baghdad University)

    ・Dr.Nadheer J.HUSSEIN (Baghdad University): Japanese Studies in Iraq Historical Survey

    ・Dr.Kadum Hilan MUHSIN (Basra University): United States, Japan and Iraq: Historical Survey of Two Periods

    ・Mr.Ala' Fadhil AHMED (PhD Student, Baghdad University)): Liberal Democratic Party and rebuilding of Japan Iraqi Historical Perspective

    ・Dr.Laith Shaker MAHMOUD (Baghdad University): Reading of Japanese Translated Contributions into Arabic

    15:20-16:40 Presentations (Session 3, English Part)
    Chair: Prof. NAGAOKA Shinsuke (Kyoto University)

    ・Dr. YASUDA Shin (Kyoto University): The Development of Global Islamic Tourism: Its Perspective and Prospect

    ・IMAI Shizuka (PhD. Student, Kyoto University): Jordan's Trade with Iraq: Historical Development and Future Prospects

    ・SUNAGA Emiko (PhD. Student, Kyoto University): The Arabic or Vernacular?: Interpreting Islamic Bible in Indian Subcontinent

    ・CHIBA Yushi (PhD. Student, Kyoto University): Competition or Complementation?: An Overview of Contemporary Arab Broadcasting Market

    16:50-17:50 Comments and Discussion ・ Prof. SAKAI Keiko (Tokyo University of Foreign Studies)
    ・ Prof. YAMAO Dai (Kyushu University)

    17:50-18:00 Closing Remarks




 午前中のセッションでは、アラビア語による報告が2本行われた。
 サルマーン氏の発表 "Sabiha al-Sheikh Dawood―The Women Movement Pioneer in Iraq" は、イラクの女性解放運動のパイオニアとして活動したサービハ・シェイフ・ダーウード(1912-1975)の人生を紹介するものであった。
 1900年代から1940年代にかけての40年間は、イラクの女性解放運動が大きく発展し、女性の公共領域への進出がすすんだ時代である。これらの運動を最初に担ったのは、上流階級に属する教育を受けた女性であり、女性問題を扱う雑誌の増加、女性団体の設立などの現象が相次いで見られた。氏は序論において、イラクの女性解放運動を考える上で、その指導的存在であったサービハ・ダーウード女史の役割を無視することはできないと指摘した。
 ダーウードは1912年、一時期宗教相を務めイラク国民党の設立にも加わった父と、イラクにおける最初の女性組織の指導者であった母のもとに生まれた。発表では、こうした家庭背景が彼女の女性運動家としての人生に大きな影響を与えたことが強調された。唯一の女子学生として大学を卒業したあと、彼女は教育省の監督官として働きはじめた。1956年にはイラク初の女性弁護士となり、青少年を対象とした裁判所の判事として活動しながら児童の保護に携わった。
 新聞への寄稿や赤新月社の運営部門への参加など、彼女は多岐にわたる活動を展開した。発表では、ダーウードがイラクの女性解放運動のパイオニアとみなされるのは、そうした彼女の華々しい経歴だけではなく、1949年にアラブ女性連盟会議にイラク代表として出席するなど、イラクの女性解放運動を代表する存在として国際的活動に携わったことが大きいとの見解が示された。氏の報告は、ある一人の活動家の人生に焦点を当ててイラクの女性解放運動史を論じるものであったが、彼女のリベラルな家庭背景や当時の社会・政治状況など、いくつかの興味深いトピックを参加者に提供し、活発な質疑応答がなされた。
 竹田氏の発表 "Arabic Language and Cultural Movements in the Modern Arab World: A Survey of Linguistic and Social Aspects of Lexical Development" は、近代アラブ世界におけるアラビア語文化運動の概要とその意義を論じたものである。報告ではまず、近代アラブ世界の文芸復興運動(ナフダ)の概要が示されたが、その中でも特に今回焦点を当てられたアラブ知識人が、アハマド・ファーリス・シドヤーク(1804-1887)とイブラーヒーム・ヤーズィジー(1847-1906)の2名である。
 生来異文化への強い関心を持ち、旅を好んだシドヤークは、外来語に対応したアラビア語の翻訳語創出に尽力した。他にもイスタンブールで印刷所を開設したり、聖書のアラビア語訳作成に携わったりするなど国際的に活動した人物である。ヤーズィジーも文芸誌の創刊、印刷所の開設など多岐にわたる活動を行ったが、特に注目されるのは、古典語を模範としながら、時代の変化に対応しうる新語彙の創出を行った点であった。発表では、実際に彼らが創り出した語彙などの具体例を交えて、2人の活動が紹介された。
 2人のアラビア語改革に対する取り組みが論じられたあと、アラブ各地での様々な知的機関、およびアラビア語協議機関の設立に関する紹介がなされた。そしてこれら一連の文化運動は大まかに(1) 言語の統一性の保持、(2) 写本の調査とアラブ思想の遺産の復興、(3)近代的な語彙のアラビア語化、(4)文法および正書法の定式化、の四種類に分類できるとの総括がなされた。これらの改革は相互に関連しあっており、20世紀の半ばまでアラブ世界の各地で継続して行われた。
 近代アラブ世界は政治や文化など様々な側面からの改革を経験したが、それらの潮流の中でアラビア語が果たした役割は決して軽視されるべき問題ではない。特に発表では、20世紀以降、アラビア語が言語を紐帯として人々を結びつける民族語としての役割を担っていったことが強調された。竹田氏の発表はアラブ各地で展開された文化運動を豊富に紹介しながら、近代以降アラブ世界が経験した様々な政治、文化、社会的変容とアラビア語との関わりを示しており、非常に興味深いものとなった。

報告者:黒田 彩加(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)


 第二セッションでは、日本とイラクの戦後史に関する発表が4つなされた。
 一人目の発表は、イラクにおける日本研究はイラクの戦後復興に対して重要であることが述べられた。また、イラクの現状について日本のイラク研究者である酒井啓子の研究が貢献していることが報告された。
 二人目の発表は、1940年代以降の日本の戦後復興と2001年以降のアメリカによるイラクの戦後復興を比較した報告であり、アメリカが介入する際に日本とイラクに対する政策の透明性の違いがあったことからそれぞれの復興状況が異なっていることを指摘した。
 三人目の発表は、日本の自民党が戦後復興の立役者となり、日本の経済発展に貢献したことを報告した。この発表では、日本の協調性を重んじる精神が日本の戦後復興のカギとなっていると結論づけられていた。最後の発表は、歴史学者の故佐藤次高に着目し、日本におけるイスラーム地域研究の研究史について報告された。

報告者:川村 藍(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)


 第3部では英語による、4名の発表が行われた。
 安田は"The Development of Global Islamic Tourism: Its Perspective and Prospect"とのタイトルで、拡大を続ける宗教ツーリズムの存在を指摘し、その可能性に言及した。イスラーム世界における観光業の発展過程に注目しつつ、グローバルな動きとして確認される宗教ツーリズムという分野の重要性を強調し発表を終えた。
 今井は"Jordan's Trade with Iraq: Historical Development and Future Prospects"のタイトルで、ヨルダンの対イラク貿易について歴史的経緯の変遷とその特徴を説明し、今後の展望について考察を述べた。
 須永は、"The Arabic or Vernacular? : Interpreting Islamic Sacred Scripture in Indian Subcontinent"のタイトルで、ウルドゥー語によるタフスィール用い南アジアでのイスラーム解釈について考察を行った。
 千葉は"Competition or Complementation?: An Overview of Contemporary Arab Broadcasting Market"とのタイトルで、アラブ世界におけるメディア市場についての考察を発表した。フィールドワーク調査の結果について写真を交えながら、アラブメディア市場の現状とその政治的・経済的立ち位置について言及した。
 その後、発表者に対して活発な質疑応答が行われ、イラク人研究者の貴重な意見が聞かれた。

 コメント・ディスカッションでは、酒井啓子教授(東京外国語大学)と山尾大講師(九州大学)により、ワークショップ全体を通じて、及び前半及び後半の発表者に対する質問及びコメントがなされ、会場全体で活発な質疑応答が交わされた。
 酒井教授は、イラクの米軍撤退をひとつの区切りに米国の支配からの脱却と新たにイラクを建国する過程について、日本の敗戦から米軍駐留及び米国の占領統治を経て、新たな日本を構築する過程をモデルにして分析を行ったイラク人研究者による発表に言及し、当時の状況と現代のそれとの差異を指摘した。
 当時は、冷戦という構造がもたらす国際関係と政治力学が存在したが、現代における新たな国家形成の際には、経済成長、特に自由主義的な市場経済化を求める国際社会の存在があることを指摘した。

報告者:佐藤 麻理絵(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)