• 合同シンポジウム 「エジプト7月革命(1952年)をめぐって:新たな変革期における『革命』再論」
    (2012年12月8日 於京都大学)


    【プログラム】
    司会:平野淳一

    12:45 -13:00 開会の辞:小杉泰

    13:00 - 15:00 第1部:エジプト7月革命再論:歴史的奥行きと地域的広がりの中で
    長澤榮治 「エジプト7月革命の歴史的位置づけ」
    栗田禎子「中東における革命と反革命の系譜を考える」
    ディスカッサント:臼杵陽

    15:15 - 17:45 第2部:エジプト政治の変容 をめぐって
    池田美佐子 「立憲王制期の政治的社会的変容と自由将校団」
    鈴木恵美 「共和制下におけるエリートの変容」
    横田貴之 「革命後のエジプト政治とムスリム同胞団」
    ディスカッサント:松本弘

    18:00 - 18:30 総合討論

    18:30 - 18:40 閉会の辞:長沢栄治




第1部:エジプト7月革命再論:歴史的奥行きと地域的広がりの中で

長沢栄治「エジプト7月革命の歴史的位置づけ」
栗田禎子「中東における革命と反革命の系譜を考える――「7月革命」60年によせて」

 近現代エジプトは、反仏占領闘争、オラービー革命、1919年革命、7月革命、そして今回の2011年革命という5つの革命(サウラ)を経験してきた。第一部では、過去の4つの革命の歴史的意義、およびこれらの革命が直近の2011年革命に対して持つ意味を論じる二本の発表が行われた。
長沢氏の発表は、エジプト近代史における「革命」の内実について論じるものであった。長沢氏は2011年革命と7月革命の展開を比較した後に、ハンナ・アレントの議論や民族主義的史観による分析を援用しながら、そもそも革命とは何か――革命か騒乱かインティファーダか――という議論を提起する。革命が生み出した新たな体制、および綿花経済という従属的経済構造の存在に着目しながら、エジプト史における革命は政治体制や法制度の転換にとどまらず、より大きな社会経済的転換につながるものであったことが指摘された。最後に発表者は、再びアレントの革命論を引用しながら、アラブの思想において「自由」「社会契約」「復古」などの用語がヨーロッパとどのような違いを持つかについて論じた。
 栗田氏の発表は、過去のエジプト革命が持つ世界史的意味について、革命運動の同時性・広域性に着目しながら論じるものであった。栗田氏は、オラービー革命と19世紀末のアラブ地域における共和制の動き、1919年革命と東アラブでの第1次世界大戦後革命、7月革命とパレスチナ問題の関係といった観点から、エジプト革命が常にアラブ域内における地域的広がりと連動してきたことを指摘する。さらに、社会主義の席巻と崩壊に特徴づけられる20世紀の世界史において、7月革命体制の成立と挫折が大きな意味を持っていたことを論じた。最後に、栗田氏は2011年に中東各地で起こった民主化運動は、新自由主義的世界観に対する「対テロ戦争後革命」として世界史的に大きな意味を持つのではないかとの見解を示した。
 二つの発表後、ディスカッサントの臼杵陽氏からは、中東諸国体制の成立と「反革命」の動きに関する議論が提起された。これに対し発表者の長沢氏からは、1952年体制には国民国家体制の完成とアラブの連帯の進行というずれが見られること、栗田氏からは革命における最大の反革命的要素は革命体制そのものの中にあるといったコメントがあった。また、会場の板垣雄三氏からは、カイロの都市形成とカイロ市民にとっての社会変容の感覚、衛星放送と革命運動、アイデンティティ複合から見る1952年革命など複数の観点から有益なコメントがなされた。

報告者:黒田彩加(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科)

 



第2部:エジプト政治の変容 をめぐって

池田美佐子 「立憲王制期の政治的社会的変容と自由将校団」
鈴木恵美 「共和制下におけるエリートの変容」
横田貴之 「革命後のエジプト政治とムスリム同胞団」
 第二部では「エジプト政治の変容をめぐって」をテーマに3名の報告が行われた。池田美佐子氏(名古屋商科大学)は「立憲王政期の政治的社会的変容と自由将校団」をテーマに、7月革命で主体的な役割を担った自由将校団がどのような過程で革命後に権力を掌握していったのかについて報告を行った。立憲王制下で政治変革を目指して結成された自由将校団は、同時期に出現した多数の「新世代」の政治勢力と交流・接触を行いつつ、独自の統合的な運動を展開していったが、その際に最も影響を受けた組織の一つがムスリム同胞団であった。そして自由将校団による恒久的な権力掌握は当初から意図されたものではなく、クーデターに続く予測不可能な事態の進展の中でムスリム同胞団など他の政治勢力との確執から、結果的に生じたものあったとの見解が示された。
 続いて鈴木恵美氏(早稲田大学)は「共和制下におけるエリートの変容」をテーマに、ナセル、サダト、ムバラク政権下におけるエジプトのエリート層の変容過程を報告した。エジプトの第一共和制は、支配機構の根幹を軍人が占める軍事共和制を特徴としていたが、ムバラク政権期では軍部の役割が一層多様化する過程で、行政府における政治エリートから多くの関連企業を抱える経済エリートに転化した。一方でイスラーム急進派への対応から警察機構が強化される過程で、諜報部が政治エリートとして台頭することになった。しかし1月25日革命で警察組織が大きく再編されたことから、こうしたエジプトのエリート層に再び大きな変化が起きたことを指摘した。
 3番目の横田貴之氏(日本大学)は「革命後のエジプト政治とムスリム同胞団」をテーマに、ムスリム同胞団の内部状況と新政権との関係に着目し、なぜ7月革命と1月25日革命でムスリム同胞団を取り巻く状況が大きく異なるのかについて報告した。これについて、ムスリム同胞団は7月革命では二重の奪権闘争によって組織内部での統一が図れなかったのに対し、1月25日革命では内部の保革対立を決着させ、統一された鉄の結束で軍政に対応できたことが大きな相違点であると指摘した。さらに新政権との関係という点については、7月革命後にナセル政権が「新しい」体制のもとで旧体制の支配エリートを失脚させたことで、ムスリム同胞団の動員力が発揮できなかったのに対し、1月25日革命では「古い」旧体制のエリートがある程度残されたことで、旧体制のもとで強固なネットワークを構築してきたムスリム同胞団の動員力が発揮できたと指摘した。一方で、1月25日革命において主要な役割を果たした青年層はまさに新しすぎた存在であった故に、「古さ」を残す革命後の統治に順応できなかったという興味深い見解を示した。
 3名の発表後、討論ではディスカッサントの松本弘氏(大東文化大学)が、1月25日革命は、過去のエジプトの革命と比較しても新旧両方の側面があったということを指摘した上で、特定の主体ではなく不特定多数の人々が体制の不正を訴えたという点が大きな特徴ではないかという見解を示した。さらに、こうした背景にはエジプト国民、あるいはイスラーム政党でいわゆるノーマライゼーションを目指す動きがあるということを述べ、それに関して活発な議論が交わされた。今回の研究会ではエジプト7月革命を改めて検討することで、1月25日革命とその後の展望に関する多くの示唆が得られ、大変有意義な研究会になったと言えるだろう。

報告者:大道峻(京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科)